Back to Basics for Future Neuroscience:神経科学を極める



柚ア 通介
第38回日本神経科学大会 大会長
慶應義塾大学医学部 教授


 社会の複雑化・少子高齢化の背景のもとで、自閉症・注意欠乏多動症候群などの発達障害やパーキンソン病、認知症などの神経変性疾患、統合失調症やうつ病などの精神疾患などが増加の一途をたどっています。そのため健やかな脳を育成し、精神・神経疾患の予防・治療法を開発し、失われた身体機能の回復・補完を可能とする技術開発をもたらす研究分野として、神経科学研究に対する社会からの要請と期待が近年ますます高まっています。1990年代に米国や日本ではさまざまな戦略的脳科学研究が行われましたが、研究成果が必ずしも人の健康や産業発展に結びつかないという批判が相次ぎました。2000年代に入るとその反動から、国際的に製薬や臨床応用などのいわゆる「出口」につながるような研究に研究費を重点的に配分する動きが続きました。出口志向の研究は、短期的な結果がみえやすいため、予算が獲得しやすく政治家にも好まれます。しかし、このような研究のみでは新しい発見は決して得られないことがこの10年間で再認識されてきました。結果がすぐに出なくても基礎科学への長期的な投資が必須であり、新しい発見は基礎科学なしには語れないと痛切な反省がなされています(Nature Neuroscience誌2013年8月号論説)。基礎医学と臨床医学が密接に連携をとって「出口」へ繋がる努力は常に続けながらも、基礎医学研究を極めていくことが必須と考える次第です。

 神経科学の最大の特徴は、カバーすべき領域が生命科学・医学の中でも極めて広範であることにあります。本大会でも分子生物学・生理学・薬理学・心理学・解剖学などの生命科学・基礎医学の研究者や精神科・リハビリテーション・脳外科・神経内科などの臨床医学分野の研究者が広く集まります。各領域の研究者間の密接な連携を進め、同時に幅広い視野をもつ次世代の神経科学者を育成することが本大会の最大のミッションと考えています。このために専門分野を越えた教育講演やシンポジウムの企画に加えて臨床系学会との連携等にも力を入れています。また若手・女性研究者の参加を積極的に推進しています。旅費補助制度や共同シンポジウムを通して欧米や近隣アジア諸国の関連学会との国際交流も積極的に進めます。

 本大会が、性別・年齢層・専門分野・国籍の異なる神経科学者の交流を推進することによって、「Back to Basics for Future Neuroscience」をキーワードとして、神経科学研究を極め、更には人々の幸福をもたらす未来の神経科学へと繋がっていくことを念願しています。